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2012年 01月 29日
![]() 長野県・小諸市、黒斑山にて。 1月上旬の、浅間山の勇姿。 実は昨年の殆ど同じ時期にも撮影している。 見比べると、噴煙の量が増えているのが判る。 やはり、日本付近の火山活動は、全般的に活発になっているのだろうか。 素人考えでは、地震と火山活動は関係していると思うのだが、果たしてどうなのだろうか。 プレートの歪みで起こる地震と火山性地震は、直接関係ないのかもしれないが、歴史的には大きな地震の起きた後は、火山の爆発が多くなるという。 たとえば、江戸時代中期に起きた宝永大地震の50日後に、富士山が大爆発を起こしている。 最近多発する地震との、因果関係はあるのか。 ところで、江戸時代には、津波の被害にあった被災地に対し、5年とか10年とか、年貢を免除(破免と言ったそうだ)していたという。 農民から絞れるだけ絞る税率だったから、被災地保護をしたという考えもあるだろう。 江戸時代の年貢は、俗に四公六民と言われている。つまり税率40%という訳だ。 これは、随分過酷な率だと思うが、実は今の日本もさほど変わらないのではないかと、僕は思う。 所得によって直接税(実行税率)の率は違うが、だいたい25%とすると、それに消費税や社会保障の金額を加えると、結構な率になる筈だ。 だから、被災地に対し、もう少し手厚い租税対策をしても良いのだと思うのだが、如何であろうか。 2012年 01月 26日
2012年 01月 24日
![]() 神奈川県、鎌倉市にて。 海を望む高台。 そこには、使い道のない、行き止まりの電柱。 何処に電気を運んでいるのだろうか? 相当、昔に建てられたものだろう、今時、木の電柱は珍しい。 この先に人の暮らしがあり、何かの事情で家が取り壊されたのだろう。 今となっては、過去の栄光を知る電柱も、手持ちぶさただろう。 コダックの破産。 少し前のニュースになるが、昔からの写真好きにとっては、時代の流れを感じさせられるショッキングな出来事だった。 デジタルカメラの普及で、写真フィルムの販売が低迷した結果だという。 往年のライバル、富士フイルムは多角経営が功を奏し、業績が順調。 コダックは写真フィルム依存から脱却出来ず、危機に瀕してしまった。 経営者の先見性がなかった、と言える。 責めてばかりでは気の毒だ。少し、コダックを弁護してみよう。 写真フィルム製造は、いわゆる「装置産業」だ。 暗闇の中でフィルムの上に薄い乳剤を何層も塗布する、という高度な技術を有する設備がないと、成り立たない装置産業だ。そして、それには巨額の投資が必要だ。 最大手のコダックは、当然投資額も他メーカーと比べ、格段に多かったのだろう。 装置産業は、業績の良い時はスケールメリットを享受出来る。しかし、ドラスティックな変化が有った時、その装置=余剰資産がかえって足かせとなる。 これは、最大手ならではの苦悩だろう。 僕がデジタルカメラを買ったのは、8年ほど前。 デジタル一眼レフが、ようやく手に届く金額になった。 買った当初は、フィルムカメラと併用するつもりだった。 しかし、なんといってもデジタルは、お手軽だ。 フィルム代も現像代もかからない。撮影結果はすぐに確認出来る。 パソコンに取り込んでしまえば、検索も楽だ。 人間は、というよりも僕は、楽な方に流される性分なのだ。 白状してしまおう。 デジタル一眼を買ってから、一度もフィルムで写真を撮っていない。 それまでは、年間100本位はフィルムを使っていたのが、いきなり0本になる。 まさに、ドラスティックな変化と言えよう。 そんな人間が急激に増えるのだから、フィルム会社は堪らない。 だから、コダック破産のニュースを聞いた時、居た堪れない気分になった。 写真の楽しさを教えてもらった銀塩写真。本来なら足を向けて眠れない。 それを、いとも簡単に捨ててしまった申し訳なさが、僕にはある。 そして、楽で便利なデジタルに流れてしまったが、やはり銀塩写真ならではの良さは知っているつもりだし、その文化が衰退してしまう無念さは大きい。 もちろん、言葉だけで実践の伴わない「裏切り者」の僕には、それを言う資格はないのだが。 一時、モノクロの焼き付けに凝った時期があった。 モノクロ写真を自分で現像して、暗室で印画紙に焼き付ける。 現像を終え、定着液に印画紙を浸してユラユラと揺らしていると、今まで白かった印画紙からうっすらと像が浮かび、それがだんだん濃くなりクッキリとした写真となる。 「だんだん」というのが、とても神秘的なのだ。そう、無から有が生まれる神秘が、そこにはあった。 そんな神秘性は、デジタルにはない。もっと合理的で無機質な世界なのだ。 そもそも、「だんだん」などと悠長な時間感覚は、デジタルでは許されない。 それが、忙しない時代の要請でもあるからだ。 考えてみると、写真を趣味としている人間にとっては、ある意味、良い時代に生まれたなと思う。 最盛期の、技術的にも成熟した銀塩写真も体験できた。 デジタル技術が花開くのも、目のあたりにした。こちらは現在進行形だから、「している」が正しいか。 ともかく、その両方を楽しめる時代を生きていたのだから、幸せだろう。 今後、銀塩写真が主流に返り咲くことは、まずない。 でも、せめて細々でもいいから生き残って欲しい、と思う。 もし、老後に時間ができ、多少のお金があり、そして心に余裕があったらならば。 また、ユラユラと印画紙を揺らしたいと、想っている。 2012年 01月 22日
![]() ![]() ![]() ![]() 東京都、台東区にて。 浅草界隈を散策した。 沢村貞子のエッセイで描かれた下町情緒は、21世紀の空気で希釈されてしまった。 それでも、昔ながらの町並みが所々、パッチワークのように残る。 隅田川越しにピカピカと輝くスカイツリーが望まれる。 様々な時代が混沌としている、それが今の浅草なのだろう。 雷門の近くに、スターバックスがあった。 浅草とスターバックス。 ちょっと不釣り合いにも思えるし、意外に溶け込んでいる気もする。 そもそも、下町は妙に着飾らないのが、身の上。 美味しくて、そこそこリーズナブルなスターバックスとは、相性が良いのかもしれない。 地元の人が散歩の途中で寄ったのだろうか、ソワソワした犬が通行人を眺めている。 浅草は、外国人観光客も多い。 アメリカ人にとって、浅草のスターバックスはどのように映るのだろうか。 たとえば、僕らがサンタモニカかどこかへ行って、吉野家を見かけてしまったような、そんな気分なのだろう。 2012年 01月 21日
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